歌手资料
谷村有美
英文名:
性别:女
国籍:日本
出生地:
流派:日语;
生日:
星座:
身高:
体重:
简介:
小档案\n谷村 有美(たにむら ゆみ、本名:原田有美(はらだ ゆみ、旧姓:谷村)、1965年10月17日 - )は、日本のミュージシャン・シンガーソングライター。鹿児島県生まれ、東京都育ち。血液型はO型。星座はてんびん座。所属事務所は「ハートランド」→「アップフロントエージェンシーグループ」。\nレコード会社はCBSソニー→Sony Recordsに所属後、2000年にアップフロントワークスの「zetima」に移籍しているが、zetimaでは2002年以降シングル・アルバムのリリースはない。2007年以降はSony Music系のレーベルでCBSソニー→Sony Records時代の楽曲によるベストアルバムを発表していて、最近の新曲はベストアルバムへ収録される形でのリリースとなっている。\nライブビデオがDVDシリーズ化されソニー・ミュージックエンタテインメントからリリースされている。\n小简介\n慶應義塾大学在学中の1986年にCBSソニー主催のオーディションで優勝。1987年11月21日、自らが作詞・作曲したシングル『Not For Sale』とアルバム『Believe In』の同時リリースでデビュー。お嬢様風味ながらも親しみやすいルックスと、「クリスタルボイス」と形容される歌声が特徴だが、デビュー前は自分の声にコンプレックスを持っていた。自ら作詞・作曲も手がけるシンガーソングライターながら、2歳からクラシック音楽教育を受けたり、アマチュア時代にフュージョン系のバンドのキーボードを担当していたこともあり、ステージではピアノやキーボードの速弾きも披露する。卓越したピアノの技術は定評がある。\n音楽活動以外では、レコードデビュー前からテレビの司会もこなし、特にラジオのDJでの飾らない快活なおしゃべりが特徴。また、雑誌にエッセイを連載したり出版するなど多方面に活躍してきた。\n1998年末より約2年間歌手活動休業の後、2000年10月から活動を再開する。ただし休業中も、臍帯血バンク支援のチャリティーとして1999年・2000年と「パシフィックへブンクラブバンド」を結成(KAN・スターダストレビュー・森高千里等、主にアップフロントグループ所属のアーティストが参加した)、アリーナツアーに出演。1999年には阪神・淡路大震災で倒壊してしまった神戸国際会館の復興を祝して(震災直後の大阪公演で手作りの募金箱で募金をよびかけ、以後も番組を通じて支援を続けていた)ジョー・サンプルと共演するなど、一部の活動については継続しており、完全に表舞台から姿を消すことはなかった。\n2002年4月に原田泳幸(当時・アップルコンピューター株式会社代表取締役(米国本社副社長兼務)現・日本マクドナルド代表取締役会長兼社長兼CEO)と結婚。毎年12月には恒例になりつつあるクリスマスコンサートを開催。2004年からは芝居とライブを融合した「シアトリカルコンサート」という独自の公演を始めている。2007年より弾語りメインの「おでかけツアー」開始2008年現在、子育てを優先しながら活動している。\n現在もラジオ・FM番組の司会を務め、そのパーソナリティと癒しトークは健在である。\n難病と闘う子どもたちをとその家族を支援するドナルドハウスチャリティーズ財団の支援活動や、動物との触合いで人間本来の治癒力を高めるヒューマンアニマルボンド、そして、前述の臍帯血バンク支援、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の啓蒙と撲滅を掲げるアクト・アゲインスト・エイズなどの社会貢献にも務めている。\n趣味は陶芸。アロマテラピー。フラワーエッセンス。(花の持つエネルギーを水に転写したもの)\nモータースポーツの競技者ライセンスであるB級ライセンス(国際レース以外の国内全てのJAF公認ラリー競技会及びスピード行事に出場することができる資格)の資格を持つ。\n大事件\n鹿児島県に生まれる。 \n2歳でピアノに触れ、音楽教育を受ける。 \n4歳 クラシックバレエを習う。 \n小学校4年のときにビートルズのコピーバンドに参加。 \n13歳のとき、単身で渡米する。カルチャーショックを受ける。 \n高校時代にロックやフュージョン系のバンドにキーボードとして参加。作曲を始める。 \n1986年 CBSソニー主催のオーディション、第二回「ティーンズ・ポップ・コンテスト」で優勝。 \n1987年 \n10月5日 TBSテレビの朝の番組『ドーナツ6』のレギュラー司会を務める。 \n11月7日 TBSラジオ『谷村有美のキャッチ・ミー 寝そびれナイト』のパーソナリティーとして放送開始。 \n11月21日 シングル『Not For Sale』とアルバム『Believe In』を同時リリースでデビュー。 『Believe In』では松田聖子の曲の編曲を手がけていた大村雅朗が全曲の編曲を担当し、小森田実や井上ヨシマサらが曲を担当。 \n1988年 \n10月7日 新宿日清パワーステーションで初ライブを行う。 \n1991年 テレビ朝日系列の深夜音楽番組『ビデオジャム』の司会を務める。 \n1992年 \n3月1日 谷村がソニー系列の音源からセレクトしたオムニバスアルバム『BIRTH~谷村有美・セレクション』が発売される。 \n1993年 \n12月1日毎年国際エイズデーに行われるエイズ啓発のためのコンサート『Act Against AIDS』(大阪城ホール)に出演。佐藤竹善とのデュエットで「The Greatest Love of All」を、ソロで『Not For Sale』を歌う。なおこの日の担当ラジオ番組FUNKY STUDIO 802 MUSIC GUMBOによせられたHIV感染者からの手紙をもとに『恋に落ちた』を作った。一年後の同コンサートにおいて披露された。 \n1995年 \n翌1996年にかけ、ライブツアー「圧倒的に片想いツアー」を行う。 \n1996年 \n2月3日 日本武道館で公演。 \n1997年 \n2月9日 - 2月22日 ライブツアー「LIVE LIVE LIVE~しあわせのかたち~」を行う。 \n12月1日 大阪城ホールでの『Act Against AIDS』に出演。原由子と共演。 \n12月22日・12月23日 東京の「 赤坂BLITZ」でクリスマスコンサート「The X'mas Show Vol.2」を行う。 \n1998年 \n2月7日 - 2月15日 「CONCERT TOUR 1997~1998 “daybreak”」 \n12月12日 3枚目のベストアルバム『with III』リリース後、活動を休業。 \n1999年 \n6月5日 阪神大震災 で全壊した神戸国際会館のリニューアルオープンを記念するコンサートを行う。新曲との『プロミス~約束~』と未発表曲『子午線の通る町』を初披露。スペシャルゲストの世界的ジャズピアニストジョー・サンプルの伴奏で歌う。 \n7月 大阪城ホール横浜アリーナ名古屋レインボーホールで行われた臍帯血バンク支援チャリティー「Pacific Heaven Club Band『Pacific Heaven 1999』」に参加。スターダスト・レビュー、KAN、Something Else、相田翔子、森高千里らと共演。\n2000年 \n7月臍帯血バンク支援チャリティー 大阪城ホール横浜アリーナ名古屋レインボーホールで行われたで行われた「Pacific Heaven Club Band『Pacific Heaven 2000』」に参加。スターダスト・レビュー、KAN、Something Else、相田翔子、田村直美らと共演。 \n10月12日 アップフロントワークスのプロダクション主体レーベルのゼティマに移籍し、復帰第1弾シングル『A・RA・WA』をリリース(作詞・作曲はシャ乱Qのまこととたいせい、編曲は加藤道明)。 \n2001年 \n6月20日 復帰後、最初のアルバム『マイ・プレジャー』をリリース。 \n7月14日 - 7月21日 ライブツアー「LOVE LIVE LIFE~OVER THE RAINBOW 虹のかなたへ~」を行う。 \n10月20日 日比谷野外音楽堂でのチャリティーイベント「Stand up! 2001」に出演。 \n12月1日 日本武道館での『Act Against AIDS』に出演。『恋に落ちた』を歌う。 \n12月16日 - 12月24日 クリスマスコンサート「Love Live! Life? Chtistmas 2001」を行う。 \n2002年 \n4月 原田泳幸日本マクドナルド株式会社代表取締役会長兼社長兼CEO(当時はアップルコンピュータ日本代表取締役社長)と結婚。 \n2004年 \n12月1日 大阪城ホールでの『Act Against AIDS』に出演。『恋に落ちた』を歌う。 \n12月18日 - 12月20日 東京・渋谷のBunkamura内のシアターコクーンでシアトリカルコンサート「六月の雨」を公演。今までの持ち歌から舞台のストーリーに合った曲を歌う。劇団「双数姉妹」を主宰する小池竹見が構成・演出。 \n2005年 \n4月15日 ~ 渋谷区のラ・クロシェットでファンクラブ会員限定のデイナーショー(ランチショー)「Yumi Tanimura Face to Faith ~Over The Rainbow さんきゅう☆~」を4日間、6公演を行う。 \n6月、第1子(男子)を出産。 \n10月、ラジオ番組再開。12月恒例になりつつあるクリスマスコンサートを開催。 \n11月9日 お台場・Zepp東京において「世界こどもの日スペシャル 笑顔になろう。笑顔にしよう。チャリティーライブ」に出演。出産後初のライブ。 \n2006年 \nデスティニーズチャイルドの「世界子どもの日」公式ソング『STAND UP FOR LOVE』を邦訳。邦題は『立ち上がろう、愛のために』。チャリティーコンサートなどで披露。 \n12月18日 東京の「かつしかシンフォニーヒルズ」のモーツァルトホールにて「谷村有美と過ごすハートフルなクリスマスVol.4」と題する恒例のクリスマスコンサートを行う。 \n2007年 \n9月7日 - 11月17日 デビュー20周年記念企画として、弾き語りツアー「おでかけツアー2007 笑顔~もっとお側に~」を行う(6年振りの全国コンサートツアー)。 \n12月8・9日 - 東京・めぐろパーシモンホールにて、デビュー20周年スペシャル企画第3弾「谷村有美と過ごすハートフルなクリスマスVol.5」と題する恒例のクリスマスコンサートを行う。 \n2008年 \n8月31日 - 9月23日 「おでかけツアー2008 〜今年ももっとお側に〜」を行う。 \n12月21日 東京の大田区民ホール・アプリコ大ホールにて、「谷村有美と過ごすハートフルなクリスマスVol.6」と題する恒例のクリスマスコンサートを行う(予定)。
小档案\n谷村 有美(たにむら ゆみ、本名:原田有美(はらだ ゆみ、旧姓:谷村)、1965年10月17日 - )は、日本のミュージシャン・シンガーソングライター。鹿児島県生まれ、東京都育ち。血液型はO型。星座はてんびん座。所属事務所は「ハートランド」→「アップフロントエージェンシーグループ」。\nレコード会社はCBSソニー→Sony Recordsに所属後、2000年にアップフロントワークスの「zetima」に移籍しているが、zetimaでは2002年以降シングル・アルバムのリリースはない。2007年以降はSony Music系のレーベルでCBSソニー→Sony Records時代の楽曲によるベストアルバムを発表していて、最近の新曲はベストアルバムへ収録される形でのリリースとなっている。\nライブビデオがDVDシリーズ化されソニー・ミュージックエンタテインメントからリリースされている。\n小简介\n慶應義塾大学在学中の1986年にCBSソニー主催のオーディションで優勝。1987年11月21日、自らが作詞・作曲したシングル『Not For Sale』とアルバム『Believe In』の同時リリースでデビュー。お嬢様風味ながらも親しみやすいルックスと、「クリスタルボイス」と形容される歌声が特徴だが、デビュー前は自分の声にコンプレックスを持っていた。自ら作詞・作曲も手がけるシンガーソングライターながら、2歳からクラシック音楽教育を受けたり、アマチュア時代にフュージョン系のバンドのキーボードを担当していたこともあり、ステージではピアノやキーボードの速弾きも披露する。卓越したピアノの技術は定評がある。\n音楽活動以外では、レコードデビュー前からテレビの司会もこなし、特にラジオのDJでの飾らない快活なおしゃべりが特徴。また、雑誌にエッセイを連載したり出版するなど多方面に活躍してきた。\n1998年末より約2年間歌手活動休業の後、2000年10月から活動を再開する。ただし休業中も、臍帯血バンク支援のチャリティーとして1999年・2000年と「パシフィックへブンクラブバンド」を結成(KAN・スターダストレビュー・森高千里等、主にアップフロントグループ所属のアーティストが参加した)、アリーナツアーに出演。1999年には阪神・淡路大震災で倒壊してしまった神戸国際会館の復興を祝して(震災直後の大阪公演で手作りの募金箱で募金をよびかけ、以後も番組を通じて支援を続けていた)ジョー・サンプルと共演するなど、一部の活動については継続しており、完全に表舞台から姿を消すことはなかった。\n2002年4月に原田泳幸(当時・アップルコンピューター株式会社代表取締役(米国本社副社長兼務)現・日本マクドナルド代表取締役会長兼社長兼CEO)と結婚。毎年12月には恒例になりつつあるクリスマスコンサートを開催。2004年からは芝居とライブを融合した「シアトリカルコンサート」という独自の公演を始めている。2007年より弾語りメインの「おでかけツアー」開始2008年現在、子育てを優先しながら活動している。\n現在もラジオ・FM番組の司会を務め、そのパーソナリティと癒しトークは健在である。\n難病と闘う子どもたちをとその家族を支援するドナルドハウスチャリティーズ財団の支援活動や、動物との触合いで人間本来の治癒力を高めるヒューマンアニマルボンド、そして、前述の臍帯血バンク支援、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の啓蒙と撲滅を掲げるアクト・アゲインスト・エイズなどの社会貢献にも務めている。\n趣味は陶芸。アロマテラピー。フラワーエッセンス。(花の持つエネルギーを水に転写したもの)\nモータースポーツの競技者ライセンスであるB級ライセンス(国際レース以外の国内全てのJAF公認ラリー競技会及びスピード行事に出場することができる資格)の資格を持つ。\n大事件\n鹿児島県に生まれる。 \n2歳でピアノに触れ、音楽教育を受ける。 \n4歳 クラシックバレエを習う。 \n小学校4年のときにビートルズのコピーバンドに参加。 \n13歳のとき、単身で渡米する。カルチャーショックを受ける。 \n高校時代にロックやフュージョン系のバンドにキーボードとして参加。作曲を始める。 \n1986年 CBSソニー主催のオーディション、第二回「ティーンズ・ポップ・コンテスト」で優勝。 \n1987年 \n10月5日 TBSテレビの朝の番組『ドーナツ6』のレギュラー司会を務める。 \n11月7日 TBSラジオ『谷村有美のキャッチ・ミー 寝そびれナイト』のパーソナリティーとして放送開始。 \n11月21日 シングル『Not For Sale』とアルバム『Believe In』を同時リリースでデビュー。 『Believe In』では松田聖子の曲の編曲を手がけていた大村雅朗が全曲の編曲を担当し、小森田実や井上ヨシマサらが曲を担当。 \n1988年 \n10月7日 新宿日清パワーステーションで初ライブを行う。 \n1991年 テレビ朝日系列の深夜音楽番組『ビデオジャム』の司会を務める。 \n1992年 \n3月1日 谷村がソニー系列の音源からセレクトしたオムニバスアルバム『BIRTH~谷村有美・セレクション』が発売される。 \n1993年 \n12月1日毎年国際エイズデーに行われるエイズ啓発のためのコンサート『Act Against AIDS』(大阪城ホール)に出演。佐藤竹善とのデュエットで「The Greatest Love of All」を、ソロで『Not For Sale』を歌う。なおこの日の担当ラジオ番組FUNKY STUDIO 802 MUSIC GUMBOによせられたHIV感染者からの手紙をもとに『恋に落ちた』を作った。一年後の同コンサートにおいて披露された。 \n1995年 \n翌1996年にかけ、ライブツアー「圧倒的に片想いツアー」を行う。 \n1996年 \n2月3日 日本武道館で公演。 \n1997年 \n2月9日 - 2月22日 ライブツアー「LIVE LIVE LIVE~しあわせのかたち~」を行う。 \n12月1日 大阪城ホールでの『Act Against AIDS』に出演。原由子と共演。 \n12月22日・12月23日 東京の「 赤坂BLITZ」でクリスマスコンサート「The X'mas Show Vol.2」を行う。 \n1998年 \n2月7日 - 2月15日 「CONCERT TOUR 1997~1998 “daybreak”」 \n12月12日 3枚目のベストアルバム『with III』リリース後、活動を休業。 \n1999年 \n6月5日 阪神大震災 で全壊した神戸国際会館のリニューアルオープンを記念するコンサートを行う。新曲との『プロミス~約束~』と未発表曲『子午線の通る町』を初披露。スペシャルゲストの世界的ジャズピアニストジョー・サンプルの伴奏で歌う。 \n7月 大阪城ホール横浜アリーナ名古屋レインボーホールで行われた臍帯血バンク支援チャリティー「Pacific Heaven Club Band『Pacific Heaven 1999』」に参加。スターダスト・レビュー、KAN、Something Else、相田翔子、森高千里らと共演。\n2000年 \n7月臍帯血バンク支援チャリティー 大阪城ホール横浜アリーナ名古屋レインボーホールで行われたで行われた「Pacific Heaven Club Band『Pacific Heaven 2000』」に参加。スターダスト・レビュー、KAN、Something Else、相田翔子、田村直美らと共演。 \n10月12日 アップフロントワークスのプロダクション主体レーベルのゼティマに移籍し、復帰第1弾シングル『A・RA・WA』をリリース(作詞・作曲はシャ乱Qのまこととたいせい、編曲は加藤道明)。 \n2001年 \n6月20日 復帰後、最初のアルバム『マイ・プレジャー』をリリース。 \n7月14日 - 7月21日 ライブツアー「LOVE LIVE LIFE~OVER THE RAINBOW 虹のかなたへ~」を行う。 \n10月20日 日比谷野外音楽堂でのチャリティーイベント「Stand up! 2001」に出演。 \n12月1日 日本武道館での『Act Against AIDS』に出演。『恋に落ちた』を歌う。 \n12月16日 - 12月24日 クリスマスコンサート「Love Live! Life? Chtistmas 2001」を行う。 \n2002年 \n4月 原田泳幸日本マクドナルド株式会社代表取締役会長兼社長兼CEO(当時はアップルコンピュータ日本代表取締役社長)と結婚。 \n2004年 \n12月1日 大阪城ホールでの『Act Against AIDS』に出演。『恋に落ちた』を歌う。 \n12月18日 - 12月20日 東京・渋谷のBunkamura内のシアターコクーンでシアトリカルコンサート「六月の雨」を公演。今までの持ち歌から舞台のストーリーに合った曲を歌う。劇団「双数姉妹」を主宰する小池竹見が構成・演出。 \n2005年 \n4月15日 ~ 渋谷区のラ・クロシェットでファンクラブ会員限定のデイナーショー(ランチショー)「Yumi Tanimura Face to Faith ~Over The Rainbow さんきゅう☆~」を4日間、6公演を行う。 \n6月、第1子(男子)を出産。 \n10月、ラジオ番組再開。12月恒例になりつつあるクリスマスコンサートを開催。 \n11月9日 お台場・Zepp東京において「世界こどもの日スペシャル 笑顔になろう。笑顔にしよう。チャリティーライブ」に出演。出産後初のライブ。 \n2006年 \nデスティニーズチャイルドの「世界子どもの日」公式ソング『STAND UP FOR LOVE』を邦訳。邦題は『立ち上がろう、愛のために』。チャリティーコンサートなどで披露。 \n12月18日 東京の「かつしかシンフォニーヒルズ」のモーツァルトホールにて「谷村有美と過ごすハートフルなクリスマスVol.4」と題する恒例のクリスマスコンサートを行う。 \n2007年 \n9月7日 - 11月17日 デビュー20周年記念企画として、弾き語りツアー「おでかけツアー2007 笑顔~もっとお側に~」を行う(6年振りの全国コンサートツアー)。 \n12月8・9日 - 東京・めぐろパーシモンホールにて、デビュー20周年スペシャル企画第3弾「谷村有美と過ごすハートフルなクリスマスVol.5」と題する恒例のクリスマスコンサートを行う。 \n2008年 \n8月31日 - 9月23日 「おでかけツアー2008 〜今年ももっとお側に〜」を行う。 \n12月21日 東京の大田区民ホール・アプリコ大ホールにて、「谷村有美と過ごすハートフルなクリスマスVol.6」と題する恒例のクリスマスコンサートを行う(予定)。